「顧客アンケートの満足度は高いのに、なぜか解約が減らない」「NPSを測ったが、何を改善すればよいのか見えない」——CX指標を運用していて、こうした手詰まり感を抱える経営者・担当者は少なくありません。
その壁を破るための第3の指標がCES(顧客努力指標/カスタマーエフォートスコア)です。CESは「顧客にどれだけ手間や負担をかけてしまったか」を測ることで、満足度や推奨度よりも解約や離反を強く予測することが研究で示されています。
本記事では、CESの定義・計算方法・NPSやCSATとの違い・悪化する典型パターン・中小企業がすぐ着手できる改善ステップ、そしてCES改善が解約率やLTVといった財務指標にもたらすインパクトまでを体系的に解説します。
目次
CES(顧客努力指標)とは — 「楽だったか」を測る指標
CES(Customer Effort Score:顧客努力指標)とは、顧客が企業との接点で「どれだけ手間や負担を感じたか」を1問のシンプルな質問で測定する指標です。
CESが測るのは「満足度」ではなく「努力量」です。たとえば「問い合わせの解決はどれくらい簡単でしたか?」という質問に対し、顧客は7段階で答えます。スコアが悪い(=努力を感じた)顧客は、たとえ問題が最終的に解決していても、その企業から離れる確率が高いことが分かっています。
CESが生まれた背景|2010年HBR論文とエフォートレスの思想
CESは2010年にMatthew Dixon・Karen Freeman・Nicholas TomanがHarvard Business Reviewで発表した論文『Stop Trying to Delight Your Customers(顧客を感動させようとするのをやめなさい)』で提唱されました。
CEB(後のGartner)が75,000人超の顧客を調査した結果、顧客ロイヤルティを高めるのは「感動的なサービス」ではなく、「努力をかけさせないこと」だったという驚きの結論が示されました。この発見は後に書籍『The Effortless Experience』(邦題『おもてなし幻想』)で体系化され、現代のCX設計における基本思想の1つとなっています。
| 従来の常識 | CESが示した新しい視点 |
|---|---|
| 顧客を感動させればロイヤルティが上がる | 顧客は「感動」より「ラクさ」で再購入する |
| 期待を超えるサービスを提供すべき | 期待通りに、ただし努力なく実現すべき |
| 満足度(CSAT)が高ければ離反しない | 満足していても努力を感じた顧客は離反する |
つまりCESは、「感動でCXを上げる」ではなく「努力を減らしてCXを下げないようにする」という防御的なアプローチを象徴する指標だといえます。
CESがCXで重要視される3つの理由
CESが他のCX指標と並んで重要視されるのは、ロイヤルティ予測力・離反の早期検知・改善アクション直結性という3つの実務的な強みがあるからです。
① ロイヤルティとの相関がNPS・CSATより高い
Dixonらの研究では、CESはCSATよりも顧客ロイヤルティを約1.8倍精度高く予測することが報告されています。さらに、低エフォート(CESスコアが良い)の顧客のうち94%が再購入意向を持ち、88%が支出を増やす意向を示すのに対し、高エフォート顧客の81%は他者にネガティブな口コミを広めると回答しました。
満足度や推奨度では捉えきれなかった「離反の予兆」を、CESは正面から測定します。
② 解約率(チャーン率)の予兆を早期に検知できる
特にSaaS・サブスクリプション型サービスでは、CESの悪化は解約率の悪化に先行します。顧客は「不満」を口に出す前に「面倒だ」と感じ、契約更新のタイミングで静かに離れます。詳しくは顧客離脱の本当の原因で解説していますが、サイレント離脱の最大の予兆が「努力感の蓄積」です。
CESを定点観測することで、解約率が動き出す前に対策を打てます。
③ 具体的な改善アクションに直結する
NPSが「9点未満をつけた理由」が抽象的になりがちなのに対し、CESは「どこで」「何が」「どれだけ面倒だったか」を接点単位で測れるため、改善アクションが明確になります。たとえば「申込フォームのCESが低い(努力大)」と分かれば、フォーム設計の見直しに直結します。
NPSやCSAT(顧客満足度)の補完指標として、CESを並行運用する企業が増えているのはこのためです。
CESの測定方法と計算式
CESは1問のアンケートで測定でき、特定の接点(問い合わせ・購入フロー・初期設定など)の直後に配信するのが基本です。
質問文の作り方
CESの質問文は、「具体的な接点」を主語にして1問で完結させます。中小B2Bサービスでよく使われる質問例は次のとおりです。
| 接点 | 質問文例 |
|---|---|
| 問い合わせ対応 | 「今回の問い合わせの解決はどれくらい簡単でしたか?」 |
| 初期設定・オンボーディング | 「サービスの初期設定にどれくらい労力がかかりましたか?」 |
| 申込・契約 | 「お申し込み手続きはどれくらいスムーズでしたか?」 |
| 解約・契約変更 | 「手続きにどれくらい手間がかかりましたか?」 |
7段階尺度と計算式
回答は7段階の選択肢で取得します。
| 選択肢 | 内容 | 区分 |
|---|---|---|
| 1 | 全く労力を感じなかった | 上位(楽だった) |
| 2 | ほとんど労力を感じなかった | 上位(楽だった) |
| 3 | 少し労力を感じた | 中位 |
| 4 | どちらでもない | 中位 |
| 5 | やや労力を感じた | 下位(努力した) |
| 6 | 労力を感じた | 下位(努力した) |
| 7 | 大変な労力を感じた | 下位(努力した) |
スコアは次の式で算出します。
理論上のスコア範囲は−100〜+100で、数値が大きいほど顧客が楽に感じたことを意味します。
計算例|中小B2B SaaSのケース
ある架空のB2B SaaS企業が、新規契約後のオンボーディング直後に100人へCES調査を実施したとします。
| 回答 | 人数 |
|---|---|
| 1〜2(楽だった) | 35人 |
| 3〜4(中位) | 50人 |
| 5〜7(努力した) | 15人 |
このときのCESは 35 % − 15 % = 20 となります。スコアがプラスなので「全体としては楽だと感じた顧客が多い」状態ですが、15%の顧客は強い負担を感じており、その層が解約予備軍となります。
CESとNPS・CSATの違い|CX三大指標の使い分け
CES・NPS・CSATはCX三大指標と呼ばれ、それぞれ「努力」「推奨」「満足」という異なる側面を測ります。混同せず役割を分けて運用することが重要です。
3指標の比較表
| 指標 | 測るもの | 主な質問文 | スコア範囲 | 強み | 弱み |
|---|---|---|---|---|---|
| CES | 顧客の努力量 | 「どれくらい簡単に〇〇できましたか?」 | −100〜+100 | 解約予兆を早期検知/改善箇所が明確 | ポジティブな体験(感動・推奨)は測れない |
| CSAT | 個別接点の満足度 | 「今回の対応にどの程度満足しましたか?」 | 0〜100 % | 測定が簡単/部門別運用しやすい | 高くても離反することがある |
| NPS | 推奨意向(ロイヤルティ) | 「この企業を友人・知人に勧めたいですか?」 | −100〜+100 | 企業全体の中長期評価が見える | 改善アクションが抽象的になりやすい |
CSATの詳細はCSAT(顧客満足度)とは?を、NPSの詳細はNPSとは何か?限界と正しい使い方を参照してください。
階層構造で理解する|接点 → 体験 → 関係性
3指標は、CXのどの「階層」を測るかで整理すると役割が見えやすくなります。
| 階層 | 主に測る指標 | 観察対象 |
|---|---|---|
| ① 接点(タッチポイント) | CES | 個別接点での労力 |
| ② 体験(個別エピソード) | CSAT | 個別接点での満足 |
| ③ 関係性(企業全体) | NPS | 企業全体への愛着・推奨 |
CESが接点単位の防御指標、CSATが体験単位の満足指標、NPSが関係性全体のロイヤルティ指標、という棲み分けです。
どの指標から始めるべきか
中小企業がCX運用をゼロから始めるなら、推奨される順番は次のとおりです。
- CSATから始める:質問が直感的で運用負荷が低い。まず「満足しているか」を測る。
- 次にCESを追加する:CSATでは見えなかった「面倒さ」を可視化し、改善箇所を特定する。
- 最後にNPSを足す:企業全体への評価を年1〜2回測り、中長期の指標とする。
「全部いきなり測る」のではなく、組織の体力と運用負荷に合わせて段階的に増やすのが現実的です。
CESが悪化する典型パターン
CESを悪化させる原因の多くは、サービスの中身そのものではなく「やりとりの設計」にあります。中小B2Bサービスでよく見られる4つの典型パターンを押さえておきましょう。
① 同じ説明を何度もさせる
顧客が問い合わせや手続きの中で、自分の情報や状況を何度も説明させられる状態です。
- 電話で受付担当に説明 → 折り返しの担当者にもう一度説明
- メールに書いた内容を、商談でまた最初から説明させられる
- 別部署に引き継がれた途端、また同じことを聞かれる
「言わなくても伝わっている」状態を作れているかが、CESの分かれ目になります。
② たらい回しにする
「営業に聞いてください」「サポートに聞いてください」「経理に聞いてください」と部署をまたいで顧客を回す状態です。顧客にとって、誰に何を聞けばよいかを判断する作業は最も大きな努力になります。
中小企業ほど「窓口を一本化する」だけで大きく改善するポイントです。
③ 自己解決手段が用意されていない
問い合わせる以外に解決手段がない状態は、CESを大きく悪化させます。
- FAQページが存在しない、または検索しても見つからない
- マニュアルがPDFだけで、目的の情報にたどり着けない
- 営業時間外に確認したい情報があるのに、翌営業日まで待たされる
「問い合わせなしで解決できる」状態は、CESを下げる最も効率的な手段の1つです。
④ 回答までの待ち時間が長い
問い合わせを送ったあとの待ち時間も、CESを直接押し下げます。
- メールを送ったが、返信に2〜3営業日かかる
- 電話が繋がるまで何分も保留
- 「確認して折り返します」のまま音沙汰がない
中小B2B企業の場合、即答できなくても「いつまでに何を返すか」を伝える運用だけで、CESは大きく改善します。
中小企業がCESを改善する3ステップ
CES改善には高額なツールも大規模な体制も必要ありません。中小企業が予算ゼロから着手できる3ステップに整理します。
STEP1|自社の「顧客努力ポイント」を棚卸しする
まず、顧客が自社と関わる接点(タッチポイント)を1枚の地図に書き出します。詳細はカスタマージャーニーとは?を参照してください。
書き出した接点ごとに、次の問いを自問します。
- この接点で、顧客は何回情報を入力/説明しているか?
- この接点で、顧客は何分待たされているか?
- この接点で、顧客は自分で解決できる手段を持っているか?
担当者数人で30分ほどの棚卸しでも、「ここは確かに面倒だ」と気付くポイントが3〜5個は出てきます。これがCES改善の出発点になります。
STEP2|一次対応解決率(FCR)を高める
FCR(First Contact Resolution:一次対応解決率)とは、顧客が最初に問い合わせた1回で問題が解決した割合のことです。FCRが高いほどCESは良くなります。
FCRを高めるための具体策は次のとおりです。
| 施策 | 効果 |
|---|---|
| 窓口を一本化する | たらい回しを防ぐ |
| 担当者に決裁権を持たせる | 「確認して折り返す」を減らす |
| よくある質問への回答テンプレートを共有する | 担当者ごとの対応品質を揃える |
| 過去の問い合わせ履歴を全担当者が見られるようにする | 同じ説明を顧客にさせない |
CRMやヘルプデスクツールがなくても、Googleスプレッドシート1枚で運用を始めることは可能です。
STEP3|FAQ・セルフサービスを整備する
問い合わせをそもそも発生させない仕組みを作ります。
- 過去6か月の問い合わせを集計:上位10件で全体の半分以上を占めることが多い
- その10件への回答をFAQページに公開:質問→回答の形でWebサイトに掲載
- 問い合わせ窓口の冒頭にFAQリンクを置く:「まずこちらをご確認ください」と誘導
FAQ整備は、CES改善と同時に顧客満足度(CSAT)向上・問い合わせ工数削減という3つの効果を同時に生みます。本格的にFAQツール(Helpfeel・Tayori等)を導入すれば検索精度や運用効率はさらに上がりますが、まずはWebサイトの1ページから始めて十分です。
CES改善が財務指標にもたらすインパクト
CES改善は「やさしいサービス」を目指す美談ではなく、解約率・LTV・新規獲得コストといった財務指標に直接効く投資です。
CES改善 → 解約率低下の連動
低エフォート顧客の94%が再購入意向を持つというDixonらの調査が示すのは、CES改善がそのまま継続率(リテンション率)の向上に繋がるということです。逆に、高エフォート顧客は「面倒だから次は別のサービスを使う」と静かに離れます。
解約率(チャーン率)の改善は、新規顧客の獲得よりはるかに費用対効果が高い投資です。詳しくは顧客生涯価値(LTV)を高めるCX改善の実践ステップで解説しています。
簡易試算|CES改善で年間いくら残るか
架空のB2B SaaS企業を想定します。
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 月額単価 | 5万円/社 |
| 顧客数 | 100社 |
| 現在の月次解約率 | 3.0% |
| CES改善後の解約率(目標) | 2.0% |
月額売上は500万円、年間売上は6,000万円です。解約率が3.0%→2.0%へ1ポイント改善すると、平均顧客寿命(1÷月次解約率)は約33か月→50か月へ伸びます。1社あたりLTVは約165万円→250万円へ約85万円増加、100社全体では約8,500万円の生涯売上増に相当します。
CES改善が単年で生む効果は控えめでも、契約寿命の延長を通じて長期の収益を大きく押し上げる——これがCX投資の本質です。
まとめ
CES(顧客努力指標)は、「顧客にどれだけ努力をかけてしまったか」を測ることで、満足度や推奨度では捉えきれない離反の予兆を可視化する指標です。CSATが「満足したか」、NPSが「勧めたいか」を測るのに対し、CESは「楽だったか」を測ります。中小B2Bサービス業でも、棚卸し・FCR向上・FAQ整備という3ステップで、予算ゼロから改善に着手できます。CES改善は解約率の低下とLTVの伸長を通じて、長期の財務成果に直結する経営投資です。
- ✓CESは「努力量」を測るCXの第3指標で、Dixonらの研究ではCSATより約1.8倍ロイヤルティ予測力が高い
- ✓計算式は 「1・2の% − 5・6・7の%」 で、スコア範囲は−100〜+100
- ✓CES・CSAT・NPSはそれぞれ「努力」「満足」「推奨」を測る指標で、接点→体験→関係性の階層で使い分ける
- ✓悪化の典型は「同じ説明を何度もさせる」「たらい回し」「自己解決手段なし」「待ち時間長い」の4パターン
- ✓中小企業は棚卸し→FCR向上→FAQ整備の3ステップで予算ゼロから改善できる
- ✓CES改善は解約率低下を通じてLTVを押し上げ、長期の財務成果に直結する
CESは「顧客を感動させる」のではなく、「顧客に余計な努力をかけない」という防御的なCX設計の指針です。NPS・CSATと並べて運用することで、CX三大指標として中小企業の意思決定を支える羅針盤になります。次は自社の主要接点を1つ選び、「ここでお客様はどれだけ努力していますか?」という1問を、明日から測ってみてください。


