USJは、絶叫マシンや人気IPとのコラボレーションで知られるテーマパークです。多くの人が思い浮かべるのは、話題性のある新エリアや期間限定イベントかもしれません。本記事が注目するのは、2010年代に経営危機を乗り越えた際のマーケティング改革です。「作り手の感覚」に頼らず、データに基づいて意思決定する仕組みが、その転換点になりました。

本記事では、USJが経営危機から回復した当時の過程を整理します。そのうえで、この取り組みがCX(顧客体験)理論とどうつながっているのかを解説します。なお、本記事で扱うのは主に2010〜2017年頃の改革であり、現在のUSJの経営方針を示すものではありません。


USJのCX戦略とは

USJが2010年代に経営危機を克服した核心は、話題性のあるアトラクションを作ることだけではありませんでした。顧客が本当に求めているものを、感覚ではなくデータで見極める姿勢にありました。この姿勢は、当時の経営危機という厳しい局面をきっかけに培われたものです。

USJにも、大きな危機の時期がありました。2010年、森岡毅氏がマーケティング責任者としてUSJに入社しました。当時の年間入場者数は、約750万人まで落ち込んでいたといいます。そこから数年をかけて、USJは回復していきます。2016年度には、年間入場者数が1,390万人を超えました。約1.85倍の規模への回復です。参考までに、近年(2024年時点)では、年間入場者数が約1,600万人規模に達しています。世界のテーマパーク入場者数ランキングでは、3年連続3位になったとも報じられています。ただし、これは森岡氏退社後の実績であり、後述する当時の改革の直接の成果として扱うべきではありません。

「作り手視点」から「消費者視点」への転換

森岡氏が入社時に直面したのは、ある根本的なズレでした。「ゲストが本当に喜ぶもの」と「作り手側が喜ぶだろうと思っているもの」は、必ずしも一致しないという問題です。作り手は経験を積むほど「プロの感覚」を身につけます。しかしその感覚は、一般の消費者の感覚から、少しずつ離れていくという指摘があります。

この視点転換は、単なる意識改革のスローガンにとどまりませんでした。あらゆる施策を「消費者にとっての価値につながるかどうか」という単一の基準で評価する体制へ。組織全体を、そう作り変えていったといいます。

たとえば、あるアトラクションの改修を検討する場面を考えてみます。作り手視点であれば、「技術的に新しい仕掛けを入れたい」「話題性のある演出を加えたい」という発想が先に立ちがちです。消費者視点では、まず「来場者は何にお金と時間を払いに来ているのか」を起点にします。両者は似ているようで、出発点がまったく異なります。感覚に頼った企画から、データに基づく企画へ。この転換が、後述する巨額投資の意思決定にもつながっていきます。


確率思考が生んだ意思決定の仕組み

USJの転換点を象徴するのが、2014年に開業したハリー・ポッターエリアへの投資判断です。

なぜ「感覚」ではなく「確率」で判断するのか

このエリアへの投資額は、450億円にのぼりました。当時のUSJの年間売上の半分を上回る規模です。失敗すれば、経営そのものが揺らぎかねない金額でした。当然、社内からは強い反対の声が上がりました。当時のCEOは、この提案に対して「おまえは正気で言っているのか」と反発したと伝えられています。

この巨額投資を後押ししたのが、感覚だけに頼らない数理的な需要予測でした。森岡氏と今西氏は、この手法を著書『確率思考の戦略論』(角川書店、2016年)にまとめています。本記事では、この「担当者の感覚ではなく、検証可能な数値に基づいて判断する姿勢」を「確率思考」と呼びます。「行けると思う」という一言では、これだけの反対を押し切ることはできません。森岡氏と、現在は刀のCIO(最高情報責任者)を務める今西聖貴氏が、それぞれ需要予測を行いました。互いに結果を見せ合わないまま、開業後1年間でどれだけ来場者が増えるかを試算したといいます。二人が別々に導き出した数値は、210万人と240万人でした。近い水準になったことが、投資実行を後押しする根拠になったとされています。

もし一人だけの判断であれば、「その人の感覚」として片づけられたかもしれません。しかし、二人がそれぞれ行った予測が近い結論に至ったという事実が、投資判断への説得力を大きく高めました。結果として、450億円の投資に対し、1,000億〜2,000億円規模のリターンが見込まれていたと紹介されています。ただし、この数値がどの指標の何年分を指すのかは、出典に明記されていません。幅を持たせて捉える必要があります。

この意思決定プロセスから学べることは、単に「大きな投資をした」という結果だけではありません。むしろ重要なのは、判断の根拠を検証しやすい形にした点です。一人の担当者の勘に頼る意思決定は、その担当者が異動や退職をすれば、根拠ごと失われてしまいます。二人がそれぞれ予測を行うという手法であれば、後から根拠を振り返ることもしやすくなります。感覚的な「これは行けそうだ」という直感を、検証可能な数字に置き換えて意思決定する。これが、当時のUSJの転換を支えた仕組みでした。


顧客体験そのものへの工夫:待ち時間とどう向き合うか

USJの顧客体験設計は、投資判断のデータドリブン化だけにとどまりません。来園者の満足度を直接左右する「待ち時間」そのものへの向き合い方にも、複数の工夫が重ねられています。

有料のサービスとしては、「ユニバーサル・エクスプレス・パス」があります。対象アトラクションへの入場を、通常の待ち列とは別に、指定時間に優先的に案内する仕組みです。無料で使える仕組みとしては、「e整理券」があります。電子的に整理券を取得し、指定時間に来場すれば、その場に並ばずアトラクションを利用できます。1人で来園した顧客向けには、「シングルライダー」という選択肢もあります。グループ利用を前提とした座席の空きを、1人客で埋める仕組みです。結果として、シングルライダー利用者は、通常の待ち列よりも短い待ち時間でアトラクションを利用しやすくなっています。

これらの仕組みに共通するのは、「待たせない」を一律に目指すのではない点です。「今すぐ乗りたい人」「時間を有効活用したい人」「1人でも効率よく回りたい人」。来園者ごとに異なるニーズに応じて、複数の選択肢を用意しているとも言えます。

さらに2019年1月、USJは「ダイナミックプライシング(変動価格制)」を導入しました。日本のテーマパークとしては先駆けた取り組みです。来園日によって入場料金が変動する仕組みで、大型連休や週末に来園者が集中しやすいという、日本特有の混雑構造の平準化を狙ったものです。閑散期の価格を下げて需要を分散させれば、繁忙期に生じがちな長い待ち時間そのものを、構造的に抑えられます。USJは年間365日、ゲスト満足度調査を継続しています。この変動価格制は、満足度の向上に寄与していると位置づけられています。


CX理論との接続

この構造は、CX理論における「JTBD理論」「ペルソナ設計」「ピークエンド効果」という3つの考え方で説明できます。

JTBD理論(Jobs to be Done:ジョブ理論)で解説した通り、顧客は製品やサービスそのものではありません。それによって解決したい「片づけたい用事」のために対価を払っています。「ゲストが本当に喜ぶもの」を突き詰めるという森岡氏の姿勢は、まさにこのJTBD的な発想と重なります。表面的な「アトラクションが欲しい」という声だけを見るのではありません。その奥にある「非日常を味わいたい」「大切な人と特別な体験を共有したい」という本質的な欲求まで掘り下げる視点です。

たとえば、家族連れの来場者を考えてみます。表面的な要望は「子どもが乗れる新しいアトラクション」かもしれません。しかし、その奥には別の用事があるかもしれません。「普段忙しくて取れない家族の時間を、特別な思い出として残したい」という用事です。この違いを理解できていれば、投資の判断基準も変わってきます。単に目新しい設備を追加するだけでは足りません。家族全員が一緒に楽しめる導線や、写真に残したくなる瞬間をどう設計するか。そこまで考える発想につながっていきます。

ペルソナ設計という観点からも、一つの示唆が得られます。多くの企業では、ペルソナは定性的なイメージにとどまりがちです。「30代女性、子育て中、休日は家族で外出」というような大まかな人物像を作って終わり、というケースも少なくありません。USJの需要予測そのものが、ペルソナ設計だったわけではありません。ただし、通じる部分はあります。顧客像を「なんとなくのイメージ」で終わらせない姿勢です。検証可能な数字にまで踏み込もうとする姿勢は、精度の高いペルソナ設計にも通じる考え方だといえます。感覚的な判断とデータに基づく判断の違いは、この踏み込みの深さに表れています。

ピークエンド効果という観点からは、前述の待ち時間への複数のアプローチにも意味が見えてきます。カーネマンが示した通り、人は経験全体を平均的にではなく、感情が最も高まった瞬間(ピーク)と終わりの瞬間の印象で記憶する傾向があります。長時間並んだ末にアトラクションを楽しむ体験は、絶叫マシンというピークの興奮を得られたとしても、「並んでいた時間の苦痛」という記憶が最後まで残りやすくなります。エクスプレスパス・e整理券・ダイナミックプライシングは、いずれも「並んでいる時間そのもの」を短縮または分散させる工夫だといえます。ピークとなる体験の質を守りながら、そこに至るまでの負の記憶を減らそうとする設計だと解釈できます。

顧客体験の設計というと、接客やアトラクションの中身に目が向きがちです。しかし、USJの事例が示すのは別のことです。その手前にある「何に投資するか」という意思決定の質、そして「待ち時間という負の体験をどう設計するか」という視点そのものが、CXの土台を左右するという点です。


注意点

この確率思考による意思決定は強力な一方、注意すべき点もあります。

森岡氏は2017年にUSJを退社し、現在はマーケティング会社「刀」の代表を務めています。ここで紹介した意思決定の仕組みは、あくまで当時の経営体制のもとで機能したものです。現在のUSJの経営判断がすべて同じ手法に基づいているとは限りません。歴史的な転換点として参考にする一方、現在進行形の経営方針と混同しないよう注意が必要です。

また、確率思考による意思決定は、優れた需要予測の技術があってこそ機能します。予測の精度が低ければ、独立した二つの数値が偶然近づいただけという可能性も否定できません。二人の担当者が同じ思い込みを共有していれば、独立した予測のはずが、実は同じ偏りを抱えたまま一致してしまうこともあり得ます。数字の一致それ自体を過信せず、予測の前提や手法の妥当性を検証し続ける姿勢が欠かせないと考えられます。巨額投資という手法には、資金力のある大企業だからこそ実行できる側面もあります。同じ規模の投資判断を、あらゆる企業がそのまま再現できるわけではない点にも留意が必要です。投資額そのものを大きくする必要はありません。判断の根拠を検証可能にするという考え方だけを取り入れることが、規模の異なる企業にとっての現実的な応用になると考えられます。


まとめ

USJが2010年代に経営危機を克服した過程がありました。それを支えていたのは、話題性のあるアトラクションではありません。感覚に頼らず、データで意思決定する仕組みでした。450億円の投資判断は、その象徴的な一例です。

  • 当時のUSJのCX戦略:「作り手視点」から「消費者視点」への転換を組織全体で徹底しました
  • 確率思考の意思決定:二人がそれぞれ行った需要予測が近い水準になったことを根拠に、巨額投資を実行しました
  • ハリー・ポッターエリア:450億円の投資が、V字回復の転換点の一つになりました
  • 待ち時間への工夫:エクスプレスパス・e整理券・シングルライダー・ダイナミックプライシングで、来園者ごとに異なるニーズに応じています
  • CX理論との接続:JTBD理論・ペルソナ設計・ピークエンド効果にも通じる、検証可能な数字への落とし込みが特徴です
  • 注意点:森岡氏在籍当時の手法である点、予測精度への過信を避ける点、投資規模の再現性が課題です

自社の意思決定が、担当者の「なんとなくの感覚」に頼っていないか、一度点検してみてください。顧客理解を数字で検証する仕組みを持てるかどうかが、最初の着眼点になります。450億円という規模でなくても構いません。複数の視点から独立に仮説を立て、その一致度を確認するという考え方自体は、規模を問わず応用できます。