顧客獲得コスト(CAC)は、新しい顧客を獲得するために使った費用を、新規顧客数で割って求めます。広告費だけでなく、獲得に使った営業・マーケティングの人件費や制作費なども対象になります。

計算を始める前に決めたいのは、「何を費用に含めるか」「誰を新規顧客と数えるか」「どの期間を測るか」の3点です。「新規獲得は既存維持の5倍」という言葉を、自社の計算式へそのまま代入することはできません。

この記事では、100社を獲得した架空例と空欄の集計表を使い、CACの計算から維持費との比較までを整理します。


まずはCACを計算してみる

CACは「新規獲得に対応する費用の合計÷新規顧客数」で、1顧客当たりの金額を求める計算です。

StripeのCAC解説も、営業・マーケティング費用と、新規の有料顧客を使う計算を説明しています。無料登録者や資料請求者を含めると、顧客になる前の別段階を測る指標になります。

説明用の架空例として、ある月に100社が初めて有料契約したサービスを考えます。同じ月の獲得活動に対応する費用を集計し、人件費とツール費は新規獲得に使った割合を記録していると仮定します。長い商談による時差が大きくない例です。

費目配賦前の金額新規獲得に割り当てる割合CACへ入れる金額
新規獲得広告600,000円100%600,000円
営業・マーケティング人件費500,000円60%300,000円
新規向け制作・外注60,000円100%60,000円
共通ツール80,000円50%40,000円
合計1,240,000円費目ごとに配賦1,000,000円

人件費は500,000円×60%=300,000円、ツール費は80,000円×50%=40,000円です。合計1,000,000円÷新規100社で、CACは10,000円/社になります。

広告費だけなら600,000円÷100社=6,000円です。ただし、これは広告費だけの集計です。人件費等を含む10,000円と同じ範囲のCACとして比べることはできません。


費用と顧客の数え方をそろえる

費用は名称だけで振り分けず、獲得・提供・維持のどの活動に使ったかを確認します。

共通費とオンボーディングを分ける

新規営業と既存顧客の支援を同じ担当者が行うなら、工数記録などに基づいて配賦します。先ほどの60%は説明用の値です。記録のない会社に60%を推奨する意味ではありません。

オンボーディング、つまり導入時の支援も一律に全額をCACへ入れません。成約前の提案支援なのか、契約後のサービス提供なのかで目的が異なります。費用の扱いを決め、そのルールを継続して使います。提供原価や維持費としてLTV側で差し引く費用を、同じ比較のCAC側にも入れると二重計上になります。

検索流入や紹介で獲得した顧客にも、記事制作や紹介施策の費用がかかっていれば獲得費はゼロではありません。広告経由と広告以外を分ける場合も、両方で共通費をどう扱ったかを記録しましょう。

会社・人・契約数を混ぜない

1社が20人分のアカウントを契約しても、顧客を「会社」で数える定義なら1社です。LTVを1社単位で計算しているのに、CACだけ20人で割ると比較できません。

無料トライアル、初回購入、再契約、追加契約の扱いも先に決めます。たとえば「過去に有料契約のない会社が初めて契約した件数」と定義すると、既存顧客の追加契約を分母へ混ぜずに済みます。

対象期間の新規顧客が0なら、CACは0円ではなく計算不能です。費用と獲得0件をそのまま報告し、期間を広げる場合は比較対象の期間もそろえます。


費用と成約の時差を確認する

商談が長い事業では、今月の支出と今月の成約が同じ活動を表しているかを確認します。

Stripeは、獲得費用が発生してから顧客になるまでの時間差を計算上の論点として扱っています。

架空の例として、9月に展示会へ出展し、その見込み客が11月に成約した場合、9月の費用だけを9月の獲得数で割ると、大きなCACに見えることがあります。11月には逆に小さく見えるかもしれません。

対応方法は、月次の単純な集計を残したうえで、商談の発生月や施策ごとに、費用とその後の成約を対応づけることです。月・四半期のどちらを使うか、未成約の案件をいつまで観測するかも記録します。「費用を必ず3か月ずらす」といった固定ルールにはしません。

チャネル別に見るときは、同じ顧客を広告と展示会の両方へ1社ずつ数えていないかも確認します。複数接点への割り当ては、社内で採用したルールを明示して比較します。


5倍の法則だけで維持投資を決めない

平均獲得費が平均維持費の5倍でも、それだけで維持予算を増やすべきだとは結論できません。

Pfeiferの2005年論文は、特定のモデルを使い、平均費用の倍率と、追加の顧客を獲得・維持する費用を区別しています。この論文は「全企業で5倍」を実証した調査ではなく、倍率から導く判断を検討したものです。

説明用の架空例として、新規獲得費100万円で新規100社を獲得し、CACが1万円となる場合を考えます。別に、期首の既存顧客100社へ当月20万円の維持活動をしたとします。その月の維持活動費は期首1社当たり2,000円です。

比較する値架空例の計算分かること/分からないこと
新規獲得1社当たり100万円÷新規100社=1万円1社を獲得する平均費用
当月の維持活動費・期首1社当たり20万円÷期首100社=2,000円当月に既存顧客へ使った費用
上記2金額の単純比較1万円÷2,000円=5この定義での金額差。維持施策の効果は示さない

この例では、CACは獲得1回当たり、維持活動費は対象月の金額です。維持費は翌月も発生し得ます。また、期首100社全員が、施策によって追加で継続したわけではありません。

予算を増やす判断では、「追加でいくら使うと、何社の獲得・継続が増え、その顧客からどれだけ利益が残るか」を検討します。比較対象を用意できない場合、継続率の変化を施策の効果と断定しません。自社で適切な費用倍率は、顧客と費用の実績を確認するまで分かりません。

維持する顧客数の定義を整理したい場合は、顧客維持率の計算方法も確認してください。

CACで獲得費用を把握したら、獲得後にどの顧客から売上・粗利が生まれているかも確認します。収益の集中によって、同じ平均CACでも予算判断が変わるためです。


80対20は自社の分布を調べる入口にする

パレートの法則は「上位20%が必ず売上80%」と置くのではなく、売上がどこに集中しているかを調べるために使います。

Juran Instituteの解説では、寄与の大きい項目から並べ、累積割合を確認する考え方が示されています。紹介される比率も80対20に限りません。

対象期間の顧客別売上を大きい順に並べ、上位何社が全体の何%を占めるかを計算します。粗利・対応費用も並べ、売上と採算の違いを確かめます。

売上の集中だけでは、愛着や将来の継続は分かりません。上位顧客を一律にロイヤル顧客と呼んだり、残りを支援対象から外したりしないようにします。


自社の集計表に記入し、判断を修正する

金額と一緒に配賦根拠・顧客の定義・対象期間を残すと、翌月も同じ条件で比較できます。

冒頭の完成例に対応する表です。金額が不明なら0を入れず、「未確認」と担当者を記入します。

費目配賦前の金額新規獲得の割合・根拠CACへ入れる金額
新規獲得広告__円__%/____円
営業・マーケティング人件費__円__%/____円
制作・外注__円__%/____円
共通ツール__円__%/____円
その他の対象費用__円__%/____円
合計__円費目ごとに配賦__円

対象期間:__。商品・チャネル:__。新規顧客の定義:__。新規顧客数:__社/人。費用と成約の時差:__。CAC:合計__円÷__社/人=__円。

集計条件をそろえた後は、CACが下がった場合にも獲得後の状態を確認します。

急いで下す判断修正する見方
CACが下がったので成功顧客の継続、値引き、粗利も悪化していないかを見る

CACと比較する顧客価値は、費用を控除する範囲もそろえる必要があります。次は売上と粗利を区別したLTVの計算で、獲得後に残る金額を確認しましょう。


まとめ

CACは倍率の目安を探す前に、費用・顧客・期間の定義をそろえて計算することが出発点です。

  • ✓基本式は獲得費用の合計÷新規顧客数です。
  • ✓共通費は目的に沿って配賦し、成約の時差と二重計上を確認します。
  • ✓5倍という平均費用の差も、80対20という分布の目安も、自社の投資効果を保証しません。

まず1期間分の集計表を埋め、未確認の費用と数え方を残してください。翌月との比較は、その未確認事項と条件をそろえてから行いましょう。