CXの事例は、企業名や成果の大きさより「どの顧客の、何を変えたか」で選ぶと、自社の改善案に移しやすくなります。比較する対象を顧客の課題にそろえるためです。

企業の公式資料をもとに、7件の取り組みを比較します。結果を読む際は、前後の数値、単時点の指標、改善の実施や定性的な反響を分けて捉えます。最後の記入表を使えば、参考事例を一つ選び、自社で試す対象と評価方法まで整理できます。


CX事例を比較するときの見方

課題・変更内容・結果の測り方・適用条件をそろえると、自社との違いを判断しやすくなります。

下表の「確認できた結果」は、それぞれの会社が公式資料で報告した内容です。詳細と出典は続く各事例に示します。

企業・施策顧客が困っていたこと確認できた結果結果を読む際の区分
Amazon・置き配の標準設定不在時の受け取りと再配達対象実験で再配達を約50%削減期間・地域を限定した比較報告
DBS・郵送口座開設の工程改善手続き完了まで長く待つ所要日数21日→5日過去の対象手続きの比較報告
UBE/MonotaRO・購買連携品物探し、見積もり、紙の手続き対象業務量62%、業務時間全体10%削減顧客担当者による報告。測定時点不明
Bank of America・Erica必要な情報を探す98%超の利用者が必要な情報を取得単時点の情報到達指標
花王・商品表示の改善類似商品の買い間違い分かりにくいという相談が減少数量を伴わない結果報告
スシロー・デジロー選ぶ楽しさを含む店舗体験導入店の来店数と単価の上昇上昇率を示さない結果報告
KDDI・法人サポート改善受付制約、口頭説明の難しさ一部の店頭対応と画面共有を実現改善の実施と担当者の評価

例えば「50%減」という大きさだけでは、他社でも同じ効果が出るとは判断できません。対象顧客、元の手順、比較期間が異なれば結果も変わり得ます。数値がない事例は、施策を考える材料として読み、自社の成果予測とは分けます。

顧客体験の基本的な範囲はCXとはで説明しています。ここでは企業全体の評判ではなく、具体的な変更を比較します。


公式資料で確認する7社の取り組み

各事例には確認できた結果の範囲と、公開資料だけでは分からない条件があります。

Amazon:受け取りの初期設定を変える

Amazonは2019年11月6日〜12月5日、岐阜県多治見市で置き配を標準にする実験を行いました。約70%の顧客が置き配を利用し、通常時に比べ再配達を約50%減らしたと報告しています。対面受け取りへの変更は可能で、安全な置き場所がない場合等は対象外です。Amazonの公式発表

比較した通常時の期間、配送母数、顧客の割り付け方法は明示されていません。現在の全国的な再配達率や、売上への効果を示す結果でもありません。

受け取りの選択肢を増やす場合は、顧客が選び直せること、対象外の条件、完了確認をセットで設計します。公式施策が選択権と適用条件を伴っているためです。自社では利用割合だけでなく、再配達と受け取り関連の問い合わせも確認します。

DBS:顧客が待っている時間を工程から減らす

DBSは郵送による口座開設を見直し、所要日数を21日から5日にしたと公表しています。部門横断のチームが工程を一つずつ実際に歩き、担当者への聞き取りと時間の記録を行いました。壁に工程図を作り、顧客に価値を生む工程を緑、生まない工程を赤で示して、全体の手間と所要時間を計算しています。その図から不要な工程を減らす案を作り、責任者・リスク担当の判断を受けて実行計画へ進めました。評価したのは行員の作業時間だけでなく、顧客の依頼から完了までの暦日です。DBS責任者の説明

この説明は2017年に公表された回顧です。資料だけでは、対象件数や計測期間、平均か中央値かは判断できません。現在の口座開設日数としては使えません。

申込、確認、審査、登録などを複数部署が受け持つ業務に参考になります。工程の引継ぎが顧客の待ち時間を生んでいる可能性があるためです。「自部署の処理が速い」で終わらず、依頼が完了するまでを測ります。

UBE/MonotaRO:顧客の購買作業を最後までつなぐ

UBEは、小額品を探したり都度見積もりを取ったりする手間を抱えていました。既存の購買管理システムとMonotaROを連携し、購入品目と記録を集約しました。MonotaRO公式の実名インタビューでは、スポット発注にかかる購買担当者・現場担当者の業務量をそれぞれ62%、業務時間全体を10%削減したと説明しています。UBE担当者の説明

このインタビューだけでは、公開日、測定年、対象人数、工数の測り方は分かりません。既存システムや購買改革も関係するため、Web画面だけで生まれた効果とは判断できません。

BtoBでは、顧客が検索を終えても、承認・発注・検収に二度手間が残ることがあります。事例で改善された範囲を踏まえ、購入画面だけでなく顧客の社内作業も確認します。対象作業の62%を、会社全体の時間削減率に置き換えないことも大切です。

Bank of America:AIの利用回数と情報到達を分ける

Bank of AmericaはAIアシスタントEricaで情報案内や残高見通しの通知を行い、担当者との予約にもつないでいます。2025年8月の発表では98%超の利用者が必要な情報を見つけていると説明しました。累計30億回超というやり取りの回数も公表しています。Ericaの公式発表

98%超の集計期間や離脱者の扱いは本文に示されていません。これは導入前後の改善率でも、問題解決率や満足度でもありません。

自動対応を導入するなら、「何回使われたか」と「必要な答えに届いたか」を分けて確認します。利用の多さだけでは、同じ質問の繰り返しか便利さの表れかを判別できないためです。人につなぐ条件も同時に決めます。

花王:買い間違いの理由を商品の表示へ戻す

花王にはアタックZEROの種類を買い間違えたという相談がありました。購入時に見る情報を分析し、2022年5月の改良でドラム式洗濯機のイラストと専用表記を大きくしました。公式ページは、分かりにくいという相談が減少したと報告しています。花王の改善報告

同ページには相談の件数、比較期間、販売数量当たりの相談率がありません。買い間違いの全件数がどれだけ減ったかは判断できません。

似た商品名やプラン名で選択ミスが生じる場合、注意書きの追加だけでなく、顧客が比較に使う情報を目立たせる方法を検討できます。顧客の誤認理由と表示変更が対応した事例だからです。自社では返品理由や販売量も合わせて確認します。

スシロー:デジローによる選ぶ体験を検証する

スシローは、注文できるデジタルビジョンと回転レーンを組み合わせたデジローを導入しました。2024年9月期の株主通信は、家族連れや若年層に好評で、導入店の来店数と単価の双方に上昇が見られたと説明しています。株主通信p.5

同資料だけでは、上昇率、比較期間、非導入店との差、満足度の測定方法は分かりません。会社全体の増収をデジロー単独の効果とも判断できません。

体験型の設備を検討する際は、楽しさに加え、客単価、席の稼働、待ち時間を確認します。来店が増えても現場の提供能力が追いつかなければ、別の待ち時間を生む可能性があるためです。投資回収は自社の費用と実測値で検討します。

KDDI:顧客の声を受付範囲と支援方法の変更にする

KDDIの法人サポートでは、法人契約でもauショップで対応してほしいという声を受け、一部の店頭対応を可能にしました。また、口頭だけでは伝わりにくい案内を補うため、一部サービスに画面共有を導入しています。2026年2月の公式記事は、現場が拾った声を管理者が具体化して関係部署へ伝える過程も紹介しています。KDDIの改善活動

応対時間、再問い合わせ率、顧客満足度の前後比較値は掲載されていません。「円滑になった」という担当者の評価を数値による成功実績には置き換えられません。

声の収集で止まっている組織では、変更を決める部署と対応状態を明確にする方法が参考になります。この事例では受付範囲という部門をまたぐ仕組みを変えているためです。運用全体を整理する際はVoCの収集・活用方法も参照できます。


自社で試すための記入例と空欄表

参考事例を一つ選んだら、自社の根拠、試す範囲、評価する時期を同じ行に記入します。

次の表は、会員登録後の利用開始が遅い架空サービスの検討例です。数値・担当・予定はすべて説明用で、DBSや他の実在企業の実績ではありません。DBSから参考にしたのは、顧客の依頼から完了までを見る方法です。

顧客の課題自社で確認した根拠試す変更・範囲担当と期限確認する結果・時期続行・保留の条件
登録済みなのに利用開始の連絡を待つ説明用設定:9月受付40件を確認し、部署間の確認待ちを発見。感情は未調査10月の受付20件を対象に、確認待ちの通知と引継ぎ先を一本化受付責任者が10月15日までに手順を整備11月1日に依頼→利用開始の日数と再問い合わせ件数を確認日数が短くなっても誤登録が増えれば保留。対象の違いを確認してから拡大

この例では先に20件だけ試します。担当者が追跡できる範囲に限定するためであり、20件あれば統計的に効果を証明できるという意味ではありません。件数が少ない段階では個別の工程も見直します。

空欄版は同じ列です。「自社で確認した根拠」がない場合は、思い込みを埋めず「未確認」と書き、調査を最初の作業にします。

顧客の課題自社で確認した根拠試す変更・範囲担当と期限確認する結果・時期続行・保留の条件

顧客がどの段階で止まるか分からないときは、先にカスタマージャーニーで流れを整理します。事例の施策名より、自社の顧客が完了したい仕事を出発点にするためです。


事例を読み違える失敗と修正

各社の結果・適用条件に加え、声が届かなくなった可能性も確認します。

次の左列は誤った解釈を説明する例であり、各社が行った説明ではありません。

誤った読み方修正した読み方自社で追加確認すること
相談が減ったので不満はなくなった相談しなくなった理由まで確かめる販売量、離脱、返品、調査への非回答

公表された成功例だけから、同じ施策を行って成果が出なかった企業の割合は分かりません。参考事例は採用理由の一つとし、自社での小さな確認と中止条件を残します。


まとめ

CX事例から持ち帰るのは、成果の数字そのものより、自社で確かめられる改善の問いです。

  • ✓比較数値、単時点の指標、改善の実施・定性的な反響は、確認できる範囲が異なります。
  • ✓待ち時間、二度手間、選択ミスなど、自社と共通する課題から事例を選ぶと、試す対象を絞りやすくなります。
  • ✓担当・期限・評価方法・保留条件まで書けば、参考事例を実行可能な検討案へ変えられます。

まず空欄表の一行に、自社の顧客が困っている場面を書いてください。根拠が未確認なら、その確認方法を決めるところから始めます。